先月3~5日に広島県へ家族旅行で行ってきた。その模様を写真をメインに紹介する。今回は2~3日目に行った大久野島。

尾道駅から山陽本線に乗車。三原から呉線へ乗り換え、忠海から今宵の宿がある大久野島へ。

▼三原駅にて。乗ってきた湘南色の115系(左)が新型の227系と並んだ
三原駅

▼呉線・忠海駅にて
忠海駅

▼忠海港から乗船
忠海港

忠海港から15分ほどで大久野島へ到着。早速足下にウサギがわらわらとやって来た。忠海港で餌が販売されていたし、餌をくれると認識しているのだろう。とてもかわいい。

島の各所でたくさん見られ名物となっているこのウサギ。昭和初期に旧陸軍がこの島で毒ガスを作っていた際に実験動物として飼われていたものの子孫で、戦争の悲劇を今に伝えるもの・・・とばかり思っていたが、実際のところは1971年に地元の某小学校で飼われていたものが放たれて野生化したらしい(実験動物だったウサギはすべて殺処分されている)。このアナウサギは世界の侵略的外来種ワースト100の一つであり、全く褒められたことではない。島の植生に間違いなく影響を与えている。ただ、すでにウサギが観光資源として確立してしまっていることや、そもそもここの生態系に保全する価値があるのかという観点もあろうし、ウサギがいるのは良いことではないと思うが、駆除が可能か以前に意義があるのかもよく分らない。なお、新たなウサギを放すことは禁止されている。

複雑な思いはあれど、被写体としての魅力は否定できない。シャッターを切ったが、よく動くし夕暮れで薄暗く、フラッシュを焚くわけにはいかないのでブレブレ。まともには撮れなかった。

宿へ向かう前に港近くの発電所跡の廃墟へ。1929~45年に、毒ガス製造のためのディーゼル発電をしていた場所。また、戦時中には風船爆弾の風船部分を作る施設でもあったらしい。夕闇迫る中、短いトンネルを抜けた先に黒々とそびえていた。

大久野島

大久野島

大久野島

廃墟の写真を見るのは結構好きな一方で、自分で実物を見て撮影するのは初めてではないかと思う。窓が割れ、窓枠が外れてぶら下がり、ツタが這う壁面。素晴らしい。歴史は歴史として撮影は楽しかった。立入禁止の看板を無視して柵を越え立ち入る外国人がいたのは残念だったが。

瀬戸内海の夕暮れと灯台の光を見ながら宿へと歩く(無料送迎バスまで時間があり過ぎた)。旅の二日目が終了。

大久野島

旅の3日目早朝。1時間ばかり島内を散策して廃墟巡り。道すがら、ウサギも多いがカラスも多い。実はカラスはウサギを捕食しているらしく、主に子ウサギが犠牲になっているようだが、カラスに襲われて逃げ惑う姿も目にしたし、鼻が削がれたウサギもいた。カラスの嘴にやられたのだろう。いびつではあるが、ウサギはこの島の食物連鎖の一部に組み込まれているのだった。

▼毒ガス貯蔵庫跡
大久野島

▼日本庭園跡。中央の溝のような部分が遣り水か。そんなものがあったことが驚き
大久野島

▼トイレ跡。便器は陶製だった
大久野島

▼長浦毒ガス貯蔵庫跡。奥の壁の十字模様といい、まるで教会の廃墟のようなのが皮肉
大久野島

▼ウサギは餌をもらおうと突進してくるので、正面顔以外のシャッターチャンスは中々ない
大久野島

大久野島

煉瓦造りの中部砲台跡へ行く時間が取れなかったのは残念。いずれ再訪したいと思う。
朝食後、送迎バスで港へ。船までの時間を利用して昨日の発電所跡へ。

▼桟橋跡
大久野島

▼発電所跡
大久野島

行きはフェリーだったが、帰りは小さな客船で。大久野島を後にして、この旅最後の目的地、竹原へ向かった。

※2016年11月4日(8枚目以降は5日)、OLYMPUS STYLUS TG-4 Tough(4~8・11枚目はOLYMPUS E-620 + ZUIKO DIGITAL ED 12-60mm F2.8-4.0 SWD、7枚目はRAW現像)。



一昨日初雪が降ったので、遅ればせながらブログのテンプレートを冬仕様に変更。

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