今年8月25~26日に行った石川旅行。その模様の第6回。

※今回の記事の写真は2012年8月26日、特記が無い限りOLYMPUS E-620 + ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm f3.5-5.6で撮影、トリミングなし。

穴水駅を後にして、駅から徒歩10分ほどの場所にある来迎寺(らいこうじ)へ。旅の前にネットで知った情報によれば、ここには幽霊を描いた掛け軸があるらしい。しかも2幅の内の一方は円山応挙の作なのだとか。「来寺される方は事前にご連絡ください」とあったので穴水駅の「のと恋路号」の車内から電話をかけると「どうぞ」とのことだったので、行ってみた。

▼穴水駅/NIKON COOLPIX S4
穴水駅
駅舎。

穴水駅近くの踏切から
駅近くの踏切からの風景。(トリミング)

穴水駅近くの踏切から

穴水駅近くの踏切から
輪島駅・蛸島駅方向にも線路が伸びていたが、もう列車が走ることは無い。

炎天下の道をしばし歩き、来迎寺に到着。寺の方(住職の奥さん?)の案内で本堂の中へ。中では住職のお孫さんらしい2人の小さい子供が走り回り、なんだか座敷ワラシが連想された(笑)。それはともかく、冷たい麦茶を出してくださり、感謝。このときはちょうど“能登秘宝めぐり”の一環で寺宝の「普賢菩薩像」が展示されており、まずはそれを拝見。

▼来迎寺に到着/1枚目はNIKON COOLPIX S4
来迎寺

来迎寺

来迎寺
山門。

来迎寺
境内へ。正面は本堂。

来迎寺
本堂には立派な彫刻。

来迎寺

来迎寺
石川県の天然記念物のライコウジキクザクラ。菊のように花弁がたくさんある花を咲かせる桜で、見頃は5月上旬。平家物語に登場する武将で来迎寺を再建した長谷部信連が植えたものという。

▼普賢菩薩像
来迎寺

来迎寺
普賢菩薩が乗っている象の表情が、なんだか伊藤若冲の絵を思わせた。

来迎寺
上に掲げられた扁額は、嵯峨天皇の御親筆だという。来迎寺は嵯峨天皇の勅願によって創建された青竜寺(せいりゅうじ)が前身で、そのため山号を勅定山(ちょくじょうさん)という

そしていよいよ目的の幽霊掛軸。こちらはどうやら常設展示されているようで、展示ケースの中に他の寺宝とともに飾られていた。

▼来迎寺の幽霊掛軸
来迎寺の幽霊掛軸

来迎寺の幽霊掛軸
掛軸は2幅。(トリミング)

来迎寺の幽霊掛軸
円山応挙作とされるもの。

来迎寺の幽霊掛軸
上部には漢文が。「誰を恨んでいるのだろう」といったことが書かれているようだ(たぶん)。

来迎寺の幽霊掛軸


来迎寺の幽霊掛軸
応挙の落款。(トリミング)

来迎寺の幽霊掛軸
もう一方の掛軸。

来迎寺の幽霊掛軸

来迎寺の幽霊掛軸
こちらの方が哀切を帯びていてなんだか好みだった。

円山応挙作の方について寺の方は「一応そういうことになっています・・・」という感じで、あまり本物とは思ってらっしゃらないようだった。たしかに応挙は偽物が多いと言うしなあ。
この時は掛軸に関してそれ以上詳しい話を聞けなかったのだが(住職は名古屋に出張中とのことだった)、どうやら「某家でこの掛軸を買い取った古道具屋が商売が上手くいかなくなり、当時の住職のアドバイスに従ってこの寺に掛軸を預けたところ商いが順調になった」といういわくがあるらしい。結局古道具屋は掛軸を来迎寺に寄進し今に至るようだ。

その後、来迎寺についてや能登の観光名所についてお話を伺った。時間があれば白米千枚田(しろよねせんまいだ)の棚田も見てみたかったと言ったところ、「今はあまりいいシーズンではない」のだそう。伸びた稲で畦が見にくく、田んぼと田んぼの境目が判りづらいらしい。かつて棚田の写真を撮りにきた方がこのお寺を訪れて教えてくれたとのことで、見頃は水がはられた田植えの時期の5月上旬らしい。その頃には境内のライコウジキクザクラも見頃とのことで、ぜひそのシーズンに再訪したい。

▼観音堂へ続く回廊と庭園
来迎寺
観音堂の御開帳は33年に一度で、次の御開帳の年も聞いたのだが忘れてしまった(汗)。しかしずいぶん先だった。

来迎寺
庭園は2007年の能登半島地震の被害を受けて修復中とのこと。

なんだかアットホームな雰囲気のお寺で、名残惜しい感じがしたが出発(ちなみに拝観料は500円という情報だったが請求はされず(当たり前といえば当たり前なのかもしれないが)、結局寺を出る前に「拝観料500円でしたっけ」「よろしいんですか」という感じで普賢菩薩像に納めた)。穴水駅に戻り、再びのと鉄道に乗車。能登中島駅を目指す。

~つづく~

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