今月6~8日の北陸・信越旅行の模様、第2回。

寺井駅では駅スタンプを押す以外にも駅名改称に伴う作業の一端を見ることができ、なかなか面白かったが、初日のこの後の旅は正直、列車に乗る→駅スタンプを押す→列車に乗る→駅スタンプを押す・・・という作業と化し、あまり旅という意味での面白味は無かったように思う。もっとも駅スタンプを押すという目的の旅だし、押印可能時間が限られる駅もある中、多くない列車を組み合わせて該当区間すべての駅スタンプを押す旅程を時刻表と格闘しつつ組み立て、完遂できたことにはかなりの満足感がある。駅スタンパーならきっと分かってくれるだろう(笑)。

よってこの後の初日の模様は写真とともにサッと流すだけになる。

金沢駅
▲金沢駅にて

金沢14:55発、富山行きで隣の東金沢駅へ。押印。駅近くのマックスバリューでスマホの充電器を買えたのは僥倖。ただ電圧が正規品より低く、100パーセント充電ができないことが後に判明。無いよりまし、という品だった。

東金沢駅
▲東金沢駅。駅舎の壁の駅名の前にはIRいしかわ鉄道の社章らしきものがカバーに覆われていた

東金沢駅
▲東金沢駅。券売機もポスターに覆われていた

東金沢駅

東金沢15:23発(3分遅れで15:26頃発)、七尾行きに乗車。隣の森本駅へ。押印。北陸本線の普通列車は本数が少なく、短時間で多くの駅を訪れるには上下線を組み合わせて行ったり来たりする必要があるが、金沢~津幡間は七尾線の普通列車も走るために単純に同じ方向へ行く列車に乗れば良いので楽だ。

森本駅
▲森本駅。北陸新幹線の高架下にすっぽり収まった特異な立地

森本駅

森本15:40発、富山行きで隣の津幡駅へ。押印。七尾線はダイヤ改正後もJRのままなので津幡駅は今後もJRの駅であり続ける。ただ、駅の管轄はIR石川鉄道になったようだ。

津幡駅
▲津幡駅。駅舎の前にはやはりカバーがかけられたIRいしかわ鉄道のものだろう社章

津幡駅
▲ダイヤ改正で去りゆく列車たち。

駅の写真を撮っていると、廃止間近のトワイライトエクスプレスが駆け抜けていった。不意打ちだったので撮れず。

~つづく~

※写真は全て2015年3月6日、NIKON COOLPIX L610。

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今月6~8日の北陸・信越旅行の模様を紹介。今回はその第1回。

2015年3月14日に北陸新幹線の金沢~長野間が開業し、それに伴い並行在来線が第三セクター化され、北陸本線・信越本線の該当区間の駅スタンプが廃止されることになる。その前に押印しておきたくて、旅に出た。久々の青春18きっぷ旅、そして駅スタンプを目的にした押し鉄旅だ。

3月6日、三ノ宮駅を出発。まずは8:52発の敦賀行き新快速に乗る予定だったが、早く駅に来すぎたので時間つぶしに8:37発の野洲行き新快速に乗車。高槻駅で降りて駅スタンプを押し、予定の敦賀行き新快速(9:32発)に乗り換えた。

青春18きっぷの旅は久々だが、東海道本線~湖西線~北陸本線のルートは昨年10月の福井旅行で通ったばかり。でも季節が違えば風景も違うもので、雪化粧した比良山地~野坂山地が左や正面に雄大な姿を見せて車窓から目が離せない。

湖西線の車窓

車内は乗車率110%ほどだったが、私は先頭の補助席に座れた。大津京からだったか、小学生と先生らしい一団が乗っていて、車内は賑やかだ。前方の窓ガラスにかぶりつきで見ている子もいて、補助席に座っていては前が見にくい。廃止が近いトワイライトエクスプレスとすれ違うはずなのだが、見れるだろうか・・・と、先生と他の乗客との会話が耳に入った。なんと、一団は「大回り乗車」中なのだという!てっきり遠足だと思っていたが、課外授業だろうか?凄い小学校があったものだ。

大回り中の小学生たちも含め多くの乗客が近江塩津で降り、静かながらも寂しくなった車内でトワイライトとのすれ違いを今か今かと待ったが一向にやって来ない。どうやら遅れているらしい。そのまま敦賀駅に着いてしまった。次の列車まで時間があったので一旦改札を出る。そしてリニューアルしてオシャレになった駅舎内にビックリ。

敦賀駅

前に降りた時は昭和の香りが漂っていたが、そんなものは綺麗に消し飛んでいた。ただ場所は変わったものの駅蕎麦屋が健在なのは嬉しい限り。

スマホの充電器を忘れてきたので良い物が無いかとコンビニを覗いたがこれぞというのが無く、ホームへ戻る。改札近くにトワイライトエクスプレス関連の展示があって、傍のホワイトボードに何やら案内があった。トワイライトは5時間弱遅れているという。5時間も長く乗れるとは羨ましい。

敦賀駅

11:38発の福井行きに乗車。長い北陸トンネルを抜けると、そこは雪国だった。

南今庄駅の車窓

季節が逆戻りしたかのような感覚が楽しい。しばらく走ると季節は再び進み、残雪は消えた。福井12:28着。コンビニで昼食のおにぎりを調達してから12:45発の金沢行きに乗車。右窓にその名の通り白く雪をまとった白山を望みながら列車は走り、最初の目的地、寺井駅に13:44到着。北陸新幹線はまだこの辺りまで延伸されないが、ダイヤ改正に合わせてこの駅は能美根上(のみねあがり)駅に改称される。よって寺井駅の駅スタンプも廃止されるだろうという事で訪れた。

目的のスタンプを押し、次の列車まで駅名改称に合わせて建てられた真新しい駅を見てまわる。東口の駅舎の外壁にはすでに新駅名の文字が取り付けられ、白いカバーがされた状態で駅名改称を今や遅しと待っていたが、西口は今まさに駅名を取り付ける作業中で、窓外を上がっていくリフトに文字のパーツが見て取れた。中々貴重な光景だ。

寺井駅
▲寺井駅東口の駅舎外壁

寺井駅

寺井駅
▲西口は駅名取り付け作業中

寺井駅
▲東の窓外には雪化粧した白山連峰

列車の時間が近づいてホームへ戻る。と、外されて下に置かれた駅名板を見つけた。これまた駅名改称ならではだ。14:17発の金沢行きで出発。

寺井駅

寺井駅

~つづく~

※写真は全て2015年3月6日、NIKON COOLPIX L610。

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一昨日、庭のサクラソウの花にルリシジミがやって来た。成虫越冬のものを除くと今年の初蝶。

ルリシジミ

本格的なシーズン開幕を感じて急きょ午後から望遠レンズを装備し里山のフィールドへ。モンシロチョウやベニシジミも見られるのではと思ったが、前者は遠目に1頭飛んでいるのが見えたのみ、後者は全く見られず。そのかわり成虫越冬勢は活発に飛んでいた。

キタテハ

キタテハ
▲キタテハ。近づきにくくマクロレンズではいつも苦労していた蝶だが、さすがの望遠レンズ。その利点を一番実感した。2枚目は枯草や枯れ葉に紛れると見分けがつきにくいという事を表現したかったのだが微妙か?

テングチョウ

テングチョウ
▲テングチョウ。写真のタネツケバナやウメ以外にオオイヌノフグリなども訪花していた。

他にもルリタテハやキタキチョウが見られた。

今シーズンのギフチョウ撮影へ向けての望遠レンズのテストと練習の意味合いもあったが、かなり手ごたえを感じた。もうすでに石川県の小松ではギフチョウが出現しているらしいし、この辺りも今月末か来月初旬には見られるのかもしれない。

※2015年3月21日、1枚目はNIKON COOLPIX L610、他はOLYMPUS E-620 + ZUIKO DIGITAL ED 70-300mm F4.0-5.6。

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一昨日、雑木林の遊歩道にコマルハナバチの女王がいた。越冬明けなのだろうが、じっとして動かず弱っている様子。

コマルハナバチの女王

コマルハナバチの女王

コマルハナバチの女王

モフモフで可愛いなと思いつつ撮影していると、唐突に元気に動き出し、驚く私を残して軽やかに飛び立っていった。

※2015年3月20日、NIKON COOLPIX L610。

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1月21日に撮影したチャタテムシの一種の写真を紹介し忘れていた。

チャタテムシの一種

チャタテムシの一種

チャタテムシの一種

「チャタテムシ」は漢字で書くと「茶立虫」。この仲間は脚に発音器を持つものが多く、屋内でも見られるスカシチャタテが障子にとまって音を発すると、障子紙に共鳴してまるでお茶をたてているかのような音が聴こえるという。またその音は小豆を洗う音にも例えられ、「アズキアライムシ」の別名もあり、さらには妖怪「小豆洗い」の正体はこの虫だとも。

もっとも、この冬の森で撮影したチャタテムシは妖怪とは別種のようだ。

※2015年1月21日、NIKON COOLPIX L610(2・3枚目はトリミング)。

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先月25日、暖かな日差しに誘われて、樹の洞から集団越冬中のヨコヅナサシガメの幼虫たちが出てきていた。

ヨコヅナサシガメの幼虫の集団越冬

ヨコヅナサシガメの幼虫の集団越冬

テントウムシなどもする集団越冬。集団でいることで何かメリットがあるのか、それとも越冬に適した場所に自然と集まっただけなのか。

※2015年2月25日、NIKON COOLPIX L610。

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先月25日、日当たりの良い小さな崖(高さ50センチくらい)に蜂が数頭。「こんな時期に?」と驚いてよく見ると、狩りバチの仲間っぽい。

コオロギバチの一種

コオロギバチの一種

コオロギバチの一種

どうやらコオロギバチの一種らしい。その名の通りコオロギを狩り、成虫で越冬し、真冬でも暖かな日には活動する姿が見られるのだとか。崖には直径1センチほどの穴がいくつか開いていたが、その中で越冬しているのだろうか?複眼が大きく、狩人にしては可愛らしい顔つきの蜂だった。

※2015年2月25日、NIKON COOLPIX L610(2・3枚目はトリミング)。

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先月24日。お寺の塀に居たハイイロフユハマキ。かつてはフユシャクモドキとも呼ばれた冬の蛾。

ハイイロフユハマキ

ハイイロフユハマキ



このお寺の塀には他の昆虫の姿も。夜に灯りに集まったものが居残っているのか、太陽の熱を蓄えて暖かいのか。

カワゲラの一種
▲カワゲラの一種

※2015年2月24日、NIKON COOLPIX L610。

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先月23日。お寺の塀に張り付いたシロフフユエダシャクを見つけた。

シロフフユエダシャク

今冬見たフユシャクはこれで3種。

今月2日には、道端の植え込みで活発に動くものに出くわした。羽化して間もないようでモフモフ。塀にへばりついた姿とは全く違う印象に驚いた。

シロフフユエダシャク

シロフフユエダシャク

※1枚目は2015年2月23日、2・3枚目は3月2日、NIKON COOLPIX L610。

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以前、佐賀県・秀林寺の猫塚の写真を提供した「呪われた日本地図」。日本各地の伝説や、過去の重大事件について紹介・解説された本なのだが、この度文庫化され、本日発売。

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秀林寺の猫塚
▲提供した秀林寺の猫塚の写真(2007-10-8 NIKON COOLPIX 2500)

<秀林寺の猫塚>
佐賀藩の二代藩主である鍋島勝茂が白石の秀屋形に居た折、化け猫がお豊の方という妾となって命を狙っていたが、家臣の千布本右ヱ門によって退治された。ところが「七代祟って一家を取り潰す」と言ったという化け猫の祟りによってか以来千布家は男子に恵まれず、他家から養子をとっていた。そこで七代目の千布家当主が七尾の白猫の姿を描いた掛け軸を作って猫を弔い毎年猫供養を営んだところ、男子の成人がみられ、家系は安泰に保たれたという。 現在秀林寺の境内にある祠は、元々猫の死骸を埋めた秀屋形の鬼門にあったという祠を、七代目の千布家当主が画像を元にして明治4年9月に再建したもの。

文庫版「呪われた日本地図」、お手に取っていただければ幸いです。



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